夫と私は1995年から1998年までロサンジェルスの、今は亡きグレィスの家に住みました。 そのときの想い出の一つが、今回で最後の「裏庭物語」です。


兵庫県西宮市に住んでいたとき、夫と私は毎年冬休みに3週間ほどグレィスを訪れていました。 訪問の最初のころ義母は元気で、平日は仕事から帰ると、 まず愛犬シェップのためにレバー入りのお粥みたいなご飯を作り、 広い裏庭に訪れる動物たちの餌付けの準備をしました。そしてそれが一段落すると、 パティオの椅子に座ってコーヒーと煙草を楽しんでいたものでした。

グレィスはお料理上手だったので、私たちはいつも彼女のお料理を楽しみにしていました。 でもある年のこと、到着した私たちを待っていたのは野菜スープに卵を落としただけの簡単なものでした。 体力が落ちていたのです。やがて彼女は仕事をやめました。

それからしばらくして秋のこと。お掃除やお買い物を手伝ってくれていたパティオ側の隣人から、 シェップが老衰で亡くなったけれど、お気に入りの犬が見つからなくてグレィスが寂しい思いをしていること、 そして、どうも運転中に道がわからなくなったらしく、この間グレィスが夜になっても帰ってこないことがあった、 と連絡が入りました。その年の冬の定例の訪問でグレィスと話し合った夫は同居を決めました。 帰国直後に阪神淡路大震災が起きて大変でしたが、私は無事移民ビザを取得し、 6月初旬に夫と私は被災地西宮を後にしました。 そして私はグレィスに代わって、餌付けへの疑問もなく、裏庭の動物への餌付け係りとなったのでした。

え? こんなに前のことだったのね・・・

それはさておき、当時私は餌付けを通して見える動物たちの行動に夢中でした。 でも、曖昧な記憶を夫に確かめながら「裏庭物語」を書いてきた今、 以前とちょっと考えが違ってきています。このお話しを書き直す前私は、 グレィスの裏庭にやってくるハミングバードやリスやブルージェイをお客様だと思っていました。 そして私の餌付けという行為は、楽しみながらする彼らへのおもてなしだ、と。でもでも・・・

1998年を最後にグレィスの家を去るまで、 夫は30年以上も裏庭でハミングバードやリスやブルージェイを見てきました。 かくも長い間、裏庭の主人公、ハミングバードやリスやブルージェイたちは、 一つの生活の場としてこの裏庭を受け継いできました。そこにはグレィスの家族や友人が集い、 また愛犬シェップが、そして愛猫むっちゃんが自由に出入りし始めましたが、 彼らはこの場を維持するためにこうした新参者と関わり、 「裏庭で共存すべき動物」として受け入れてきたと思うのです。

この場が「裏庭物語」の舞台です。だから彼らはお客様ではないし、 おもてなしという考えは傲慢です。 彼らにとっては私は、多分「裏庭物語」に餌係りとして登場する「動物」であり、 主人公たちの輪に入れてもらって一緒に裏庭で物語を演じた仲間、だったのではないでしょうか。

また「裏庭物語」の舞台としてあったのは「グレィスの裏庭」はなく、 存在したのは「僕たちの裏庭」と呼ぶべき空間だったのではないでしょうか。


同居を始めて2年経ったころ義母のグレィスが亡くなりました。 最初から決めていたとおり夫と私は帰国することにして、裏庭という舞台からの退場となりました。 私はグレィスと、その広い裏庭と、 それがどこであれ元気でたくましく「裏庭物語」の続きを演じているに違いない主役たちを想います。

The End

3/23/2014


今回の裏庭物語では、このシリーズ最後の主人公、 特別出演のネコのむっちゃんをご紹介します。


私たちがグレィスと一緒に暮らし始めて半年くらい経ったころ、 私は無料の職業学校で初歩の簿記のクラスを取っていました。車の運転ができない移民の私には、 家でできる仕事だしいい選択かも、と思えたのです。大学生になったとき、 今は亡き父から「伝票起しを手伝うように」と言われ毎年逃げ回っていた私なのに (お父さん、ごめんなさい)そのときは「興味が持てるかも」なんて、信じたかったのですね。

それはともかくそんなある日の夕方のこと。学校に行こうと玄関を出ると見慣れないネコがいました。 そして家に帰ると可愛い子ネコがソファで幸福そうに寝ていました。 その子ネコは夫が帰ったときもまだ玄関にいたとのこと。そこで玄関を開けたままにしておくと、 家の中の様子をしばらく窺い、決心がついたのか中に入ってきたそうです。

翌日も翌々日も、飼い主が探している様子はありません。そこで私たちはこの子ネコを飼うことにしました。 私の同僚にむっちゃんと呼ばれている女性がいて、夫はなぜかこの名前が気に入っていたので、 男の子でしたけれどこの子をむっちゃんと名付けました。一日だけ「借りてきた猫」を演じたトラネコむっちゃんは、 獣医さんによれば生後約4ヶ月。グレィスが思わず she (彼女) と呼んでしまうほど非常に美しくて賢く、でも最初は子育てに苦労したことでした。

さて、家の中と外を自由に出入りしていたむっちゃんには裏庭に遊び相手がいました。

まずはパティオと反対側の隣人が飼っていた大きな犬。この犬は裏庭にいるむっちゃんに気付くと、 塀から頭を出して吼えるのです。でも塀を飛び越えることができません。それを察したむっちゃんは、 わざわざ塀の端の、犬の目に入る位置まで行きます。そしてそこから塀に沿って、 頭を上げ尻尾を立ててゆっくりと歩き、見下ろす犬の前を悠然と無視して通り過ぎるのです。 やがて犬は学んだのか諦めたのか、賢くも状況を受け入れました。 するとむっちゃんは、静かにむっちゃんを追うようになった犬の目を時々は見返してあげるのでした。

お友達面をして裏庭に現われるようになった、ネコのオレンジもむっちゃんの遊び相手でした。 どうやって知り合ったのか、どこに住んでいるのか全く分かりませんでしたが、 ともかくこのずうずうしくも下品な顔と身体と動作をしたオレンジは、 むっちゃんのご飯を狙って毎朝親しげに姿を見せます。 私たちがパティオに置いたドライフードを食べたいだけ食べると、 オレンジはパティオでむっちゃんと遊びます。オレンジは気の好いネコだったのでしょう、 何ヶ月かするうちにオレンジにうんざりし始めたものの、むちゃんは鷹揚に忍耐強く相手をしていました。

裏庭にも馴染み元気に遊ぶむっちゃんでしたが、実は連戦連敗の相手がいました。 意外にもブルージェイ様にピーナツを盗まれても気付かない(気にしない)、あのリスたちです。

むっちゃんはリスを獲物と考えていたのでしょう。リスを見つけると、忍び足で楡の木を挟んで反対側の、 リスに見えない場所に身を潜め襲う機会を狙います。 ところがリスはいつも直前に危機を察して木の幹を少し駆け上り、むっちゃんとの距離が絶妙なところで、 あおるように鳴き声を上げます。負けん気のむっちゃんがまたリスに飛びかかろうとすると、 リスは姿を隠すようにぐるりと幹を回って、上からむっちゃんを見下ろします。なんとまあ、 誇り高いむっちゃんがリスにからかわれ遊ばれているのです。

むっちゃんはリス様の知性を軽んじていたのでしょうか。 ちなみに、リスのいる公園で遊ぶ犬も同じような目にあうようです。 リスが大丈夫とわかってから、むっちゃんとリスのユーモラスなゲームを笑いながら観ていた私です。


さてさて、「裏庭物語」は次回で幕を下ろす予定です。
どうぞお楽しみに。

To be continued.

3/15/2014


「裏庭物語」第4話の今回は、ブルージェイが主役です。


義母のグレィスの裏庭には、長い尾も含めると体長30センチほどのジェイ(カケス)、 正確には Western Scrub Jay(西ヤブカケス) が毎日来ていました。 ブルージェイ(アオカケス)は、ニューメキシコ州の東部から東海岸まで南北一帯広く生息する種類で西海岸にはいないのですが、 同じカケス仲間で表面の羽が青いので、ロサンジェルスではこの鳥をブルージェイと呼んでいました。


ブルージェイは、リスが裏庭にいるとき、いつも二羽で飛んできました。 ジェイの場合見た目には雌雄の区別がつきにくいですが、鳥は一夫一妻の関係を保つようですし、 多分カップルだったと思います。彼らは実に興味深い鳥でした。

餌としてヒマワリの種も置いていましたが、ブルージェイもやはりピーナツが一番好きでした。 庭に来て誰もいないと、ジェイはキッチン近くの電線に止まって、高い声で鳴いてピーナツを催促します。 その声はすぐ「まだ出てこないの!」みたいな、イラついたような声に変わります。

忍耐力に欠けているジェイは物怖じをしない鳥でした。私がピーナツを持った手を上げたら取っていきましたし、 洗濯機の上にピーナツを置いて勝手口のドアを開けておくと、目ざとく見つけて中に入ってきました。 パティオでリスとジェイのそれぞれの方向に放り投げると、ジェイはリスのピーナツを空中で掠め取ることもありました。

パティオでピーナツを見つけると、ブルージェイはそれを嘴にくわえて立ちます。そして食べたり埋めたりする前に、 得意げにというか、これ見よがしにサッと頭を動かして、鋭い目で回りを一瞥します。 ジェイ特有の、気取っていて気難しそうな態度はしかしどこか滑稽で可愛く、私はジェイが好きでした。 でもジェイはそれだけの鳥ではないのです。

ピーナツを埋めながらジェイはリスを目で追います。それからそっと気付かれないように電線に飛び移り、 リスがピーナツを埋めている様子を上からじっと観察します。やがてリスが一日の仕事を終えて振り返ることなく塀を越えて去っていくと、 ジェイは芝の上に降りてきます。そして3回ほど嘴で芝をつつき、リスの埋めたピーナツを探し当てて掘り起こし、別の、 自分の貯蔵場所に埋めなおすのです。何とまあ、リスの貯蔵品を常習的に盗むんです。 そしてこれを最後にジェイも飛び去っていきます。

ジェイは狡賢いですが、きれいだし愛嬌もあります。一方リスは、 ジェイが何をしようと気にする様子はまったくありませんし、 第三話で書いたように埋めたピーナツを掘り起こしません。 だから当時はジェイに対して寛容な気持ちで、私は彼らのドラマを楽しんだのですが・・・

ブルージェイの真のすごさを知ったのは昨年でした。夫によれば、 何とまあジェイは、二百以上の貯蔵場所を記憶できるばかりでなく、 それぞれの場所に埋めたピーナツその他の隠匿物の貯蔵寿命も個々に把握しているとか。 ジェイ(カケス)は最も知能の高い鳥類グループのひとつ、カラス科に属していて、 哺乳類にも負けないある種の能力を持っているとのことですが、 裏庭でのリスとの共演を思い出すとなるほどと頷けます。

ブルージェイは「僕たち、賢いんだもん。偉いんだもん」と思って、電線からリスや私を見下ろしていたんでしょうか。 リスを食料係、私のことはお食事係とでも思っていたのでしょうか。 私はこれから「ジェイ様」とお呼びしたほうがいいのかもしれません。 下の写真は、雄大なグランドキャニオンでひと時をお過ごしになっておられるジェイ様、のお姿でございます。



ではでは次回をお楽しみに。
To be continued.

3/4/2014


今日の「裏庭物語 3」の主人公はリスたちです。


グレィスの裏庭にはいつも数匹のリスたちがいました。大人のリスは25センチほどのサイ ズですが、彼らはそれとほぼ同じ長さの立派な尾を持っていて、 灰色と黒と焦げ茶色をしたふさふさの尾を少し上に立て、綱渡りのようにというか、 バランスよく電線の上を歩きます。そして楡の木の上まで来るとそこに飛び移って、 木の根元を伝わって庭に降りてくるのです。


グレィスの裏庭にいたリスは Eastern Gray Squirrel という種類で、写真のリスとよく似ていました。 この子はまだ幼いですから尾はまだそれほど立派ではありませんが、本当に可愛らしいですねぇ。

私はというと、すぐリスたちに夢中になりました。そして彼らを手懐けたいので、毎日強い日差しの中で パティオに立って、必死に餌付けをしました。日に焼けて日本人とは思えないくらい真っ黒になりましたが、 そんなことにかまっていられない私でした。

リスたちの餌は無塩の殻付きピーナツです。私が楡の木に向かってピーナツを投げ与えると、 それを拾ったリスは、写真のように置物みたいにちょこんと座ります。 そして胸の前で両方の前足を手のように合わせてピーナツを持ち、 大きな前歯で器用に殻をむいてピーナツを食べます。

おなかが一杯になると、リスたちはピーナツを裏庭のあちこちに埋め始めます。 必要になるときに備えて蓄えているつもりなのでしょう。 彼らが地面からピーナツを取り出すところは見たことがありませんが、 立派な尾を揺らしてぴょんぴょん跳びながら場所を探している姿や仕草が可愛らしくて、 ピーナツを投げ続ける私でした。

リスたちはピーナツを欲しがりましたが、でも、私には決して近づきませんでした。 私は彼らを間近に見たいし、心を通わせたいのに、彼らは楡の木の根元近くにいて待っているだけです。 リスは臆病な動物だし仲良くなるには時間がかかるだろうと、 私はただひたすら愛情という名の忍耐で彼らと接していました。

そんなある日、一匹のリスがピーナツを持つ私のすぐ前までやってきました。 緊張しているようなのになぜ?と不思議でしたが、よく見ると、なんとまあお腹が大きくて妊娠しています。 子どものために勇気を出して私のところに来たのです。それだけでも感動ものでしたが、 やがてもっと嬉しい出来事がありました。後日、ママとなったそのリスが可愛いわが子と一緒に私の近くに来て、 彼らを紹介してくれたのです。これは本当に大きな喜びの瞬間でした。

ところで他のママリスたちも、新しい家族の紹介はしてくれませんでしたが、子連れで遊びに来ました。

毎年春の終わりか秋頃になると、電線の上を、大きなリスの後について三、四匹の可愛い子リスたちが歩く姿が見られます。 ママは、
「まず電線から楡の木に飛び移ること。それから木の幹を後ろ足の爪でしっかり掴んで、 頭を下にして降りなさい。そしたら根元にあるおいしいピーナツをご褒美に食べられるわよ」
とかなんとか、子どもたちに教えます。そしてママがピーナツを埋める作業に勤しんでいる間、 無邪気な子リスたちは芝の上でちょこちょこ遊ぶのです。

多分この時期だったのでしょう、ある日あまりのリスに驚き、数えてみたら八匹いたことがあります。 でもこんな家族の風景もたいてい二週間ほどで終わってしまいます。 そして小さかったリスたちも一人で遊びに来るのです。リス達と過ごす時間は本当に穏やかで楽しいものでした。


では今日はここまで。次回をどうぞお楽しみに。
To be continued.

2/25/2014






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