5/18/2020   

今日も一人で朝食をとりながら(夫とは起床時間や朝食の内容が違います) 中国の史劇を見ていたら、ある場面に引っかかりました。

事情があって別居している愛し合う若い夫婦。愛する妻に1年ぶりに会いに来た夫が、 プレゼントを手に「一緒に暮らしてくれないか」とお願いします。

プレゼントは大ぶりの壺に入った2個の美顔の品。 愛の証拠に最高のものを持ってきたとばかりに、得意げに指しだす夫。 でも、気に入らなければ星でも月でも持ってくるよ、と必死に妻にすがります。

つれないふりをしながらそれでも嬉しさを隠し切れない妻。夫は 「何個でも買いに行くよ」と言い、妻は表向きはつっけんどんに「待っているわ」と。 妻の心が軟化したことに嬉しさを隠せない夫は、飛び出してお店に向かいます。

さて夫が、星や月の次に最高のものだと考えて贈った「美顔の品」、 白い陶器の表面に赤い色で「御泥坊「と書かれてあります。 実はこの御泥坊、以前にも登場したのです。

ある(別の)女性が化粧品店「御泥坊」で壺に入った化粧品を見ています。 そこには「独有配方」との表示があります。男性の店員が女性に近づき、 得意げに、その商品がいかに優れているかを説明をします。

・昔ながらの製法を守り作られている。
・もともと侍医の編み出したもので、お妃様にも献上されている
・天然由来の成分を使っていてお肌に優しい

この番組のどこかで倭寇襲来の場面がありましたので、 時は13世紀から16世紀と考えられます。 この時代に「天然由来」を言うのかと笑っちゃいました。 どう考えたって、当時は自然(有機)栽培でしょ、と。 当店では美白成分として水銀や鉛など危ないものは使っていませんよ、 というアピールもあるのかもしれませんけど。

でも、時代背景も何もあったものではない能天気な史劇ですが、この二つの 「御泥坊」の場面を見て驚き痛感したことがあります。今世界の化粧品のトレンドは 「オーガニック、天然、自然」。そこにあるのは天然のものは体に良くて「善」 だという考えですですが、それがここまで浸透しているんだということ。

・・・実は私も、ハーブを使って抽出エキスや浸出油を作るようになってから、 合成品は体に悪い、みたいな考えにどんどん傾き始めて・・・

でもあるブログを読み始めてから、オーガニックって、 信仰かステイタスみたいだと感じるようになりました。 どう思おうとそれは個人の自由ですが、ほかにもきっかけがあって、 決してそれが悪いという意味ではなく、オーガニックって何だろうと考え始めたのです。

そんなおり、先日NHKのプレミアムカフェを見ていて、ある言葉に出会いました。 2017年に初回放送された次の番組

失われた色を求めて ~ 植物染め・伝統の100色を今の世界へ ~

で、今は亡き染色家の吉岡幸雄さんが語っておられます。

植物染めにこだわっているのは、単なる情緒とか自然志向とか、 オーガニックとかナチュラルとか、そういうのももちろんあるんですけど、 何よりも美しい色が出てくるからなんですよ。美しいからやっているんでね。

この言葉、まっすぐに私の心に入ってきました。日常生活のどこにでも目に入る 「オーガニック」という言葉。もしオーガニックを選択するのなら、 私にとって「美」に代わる言葉とその根拠は何だろうと考えさせられました。